薬剤師になるまでと、なってから、現在までの記録

私は個人の調剤薬局で働く三十代女性です。
私は学生の頃から努力家で、テストの勉強をしっかりやってから挑むような子供でした。特に数学と化学の成績がよく、お友達のお姉さんが薬学部に通っていたこともあり、薬剤師に興味を持ち始めました。そんなとき、母からも薬剤師を目指してみたらと声をかけられ、お友達と一緒に薬学部を目指すようになりました。
途中で、成績が追いつかなかったお友達は、薬学部を諦め、看護学部に進学することになったのですが、私は諦めず、努力の甲斐あり、薬学部に入学できました。
日頃の試験結果が良かったため、推薦の枠を取れたためでした。日頃から努力する姿勢が大事なんだと改めて感じた瞬間でした。薬学部に入ってからは毎日がとても楽しかったです。この授業いるの?と思うようなラテン語の勉強。(実は薬学の本にはラテン語がいっぱいなのです。)薬を飲んだあとは、体内でどう代謝、排泄されるのかを計算したり。生理学がとても好きでした。
悲しいこともありました。モルモットの解剖などです。動物の命をいただいて、私達は薬を開発したり、飲んだりしているのだと、改めて、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちで、いっぱいになりました。四年生の最後の年に入学したため、四年生で薬剤師国家試験を受けることになり、卒業試験も無事に通り、さあ試験だというときに、ずっと付き合っていた彼の浮気がわかり、なんと相手が、妊娠してしまったとのこと。
もう何がなんだかわからなくなって、私は見事に薬剤師国家試験に落ちたのでした。東京で半年予備校生活をし、次の年の薬剤師国家試験には無事に合格しました。このとき、大学で学んだことってなんだったんだろう、この半年、予備校で学んだことのほうがずっとボリュームがあり、かつ、わかりやすかったからです。
大学にいくより、予備校に行くほうが絶対に薬剤師になる近道だと感じました。そんなこんなで、無事に薬剤師になれた私は全国展開している大手の調剤薬局に就職しました。そこで、兵庫、鹿児島、愛知など、様々な都道府県に転勤を繰り返し、途中で結婚、出産。
その会社で何年にも渡る給与の支払い間違いがあったとのことで、退職金で、その不足を払うように言われ、腹が立ったので退職しました。そして、今度は自宅より近く、異動のない、保育園のお迎えなど融通がきく、小さな個人の薬局で、薬剤師として働いています。
薬剤師の普段の仕事としては調剤や服薬指導、在庫管理などが主なものです。ただ、地味ながら難しいと思うものもあり、それが処方監査です。
処方監査は処方箋に記載された薬の用法用量などが正しいかなどを瞬時にチェックする必要があるため、知識や経験が重要となります。
例えば頓服の処方があれば、頓服は何回まで処方できるのかなどを、これまでの経験も生かし、保険請求が通るかなども考慮して判断します。
もし、頓服の回数が薬の性質や他の処方の日数と比較して多すぎる場合などは、疑義照会をして本当にこの回数で良いのかなども問い合わせたりします。
薬剤師はこのような業務を日常的に繰り返しています。
個人の薬局のほうが、やりやすく、融通もきかせてもらえるので、私にはあっていると思います。患者さんと話すことも相談に乗ることも大好きで、この仕事を天職だと感じています。これからも、薬剤師という仕事に誇りをもって、働き続けたいと感じています。